レチルドという発明。

お店を創業する前のお話で、およそ15年前、
僕はチェーン店でお客様にお届けするサービスに限界を感じ、
自らが社長になり、マニュアル至上主義から、
マニュアルはたたき台に過ぎないのだから、

それから先のサービスレベルの差を企業体力と
定義付け、僕の持っているフルパフォーマンスで
お客様をおもてなししたいと願い創業しました。

15年前僕は、漠然と社長になりたいと思いましたが、
その夢は不思議とすぐに叶いました。
創業してみると想像以上に
中小零細眼鏡店が大手量販店に
立ち向かうのは非常に困難だと感じました。

「何か武器がなくちゃいけない。
あっという間に結婚したばかりの
奥様を路頭に迷わせてしまう。」

と恐怖を感じたのをよくよく覚えています。

そして創業後すぐに僕は誰に教わるでもなく、デザインを始めます。
いや先生は沢山いました。だってうちのお店は幸いな事に世界の名品が
揃っていたのです。その魅力的な眼鏡フレーム全てが僕の先生でした。

何しろ自分の店のオリジナル商品が無いと僕みたいな
中途半端な眼鏡屋はすぐに廃業の憂き目に追い込まれると
思っていたので、デザインを教えてあげようか、
なんて珍妙な事をいうデザイナーの先輩もいなかった僕は、
見よう見まねすら出来ない状況でデザインの真似事を始めます。

つまり社長の次はデザイナーになるという
突拍子もない夢をぶちあげたのです。

これに付き合わされるうちの奥様はたまったもんじゃないと思いますし
良く2019年の今でも捨てられていないなと奥様の辛抱強さに感心します。

デザインを始めて14年経っても
未だに僕のメガネデザイン作業は手書きですが、
それは、その試行錯誤の過程を経て出来た荒業でした。

今では自ら描いた眼鏡フレーム図面を
二次元のデジタル化程度までは自分で出来るようになりましたが、
この「手書き」である事が非常に重要なファクターだった事に
気付くのはもっともっと年月を重ねてからでした。

そして僕が初期にデザインしたファーストデザイン。

「KEISUKE」と「AIRI」
が生まれそうになります。

これはAIRIです。






生まれたの過去形ではないのは、
このモデルは量産に至らずプロトタイプの作成で
終わってしまうからなのです。

このモデルは後のNAOにつながる構造が採用されています。

それが

ディストーションレススクリューの開発です。
フレームに隙間を作りレンズの歪みを最小限に落とす事が
特殊な加工技術を有さない、どなたでもこの隙間とネジの
効果で、レンズは最適な視界を維持します。










更に、レンズの右下に何かロゴマークがプリントされています。







これはブランド名、プライオリティシートというbrandの「P」
をロゴ化しています。このデザインには実は妊婦さんが大切な
赤ちゃんを包み込むように、レンズを優しくホールドしたいという
意味を込めて妊婦さんのお腹をモチーフにしています。

ひっくり返すと分かりやすいかもしれませんね。







更にこだわったのはサイドビューです。
立体的な造形にこだわり、段落ち加工を随所に施します。
耳に掛けるという機能性だけでなく、アクセサリーとしての
造形美を表現したかったのです。









ただ、あくまでも人が使う、工業製品でもありますから、
掛け心地という部分でのこだわりも必要です。

僕はレチルドを起ち上げた時に宣言しましたが、

僕のデザインは、

道具としての機能性と

アクセサリーとしてのファッション性。

その中間を目指します。と公言しています。

このデビュー作もそうでした。耳の部分にこんな加工をしています。








この様に耳に掛かる部分にも段落ち加工を施し、
そこにシリコンチューブを差し込み、グリップを良くしようと
目論みデザインしました。既製品を使うという事もあり、
この段落ち部分を綺麗に面一(つらいち:段落ち部とその両サイドが
同一面上に段差なくつながる事。)にはならずに苦労した覚えがあります。

このモデルはデビュー作という事もあって、
荒削りですし、何よりサイズの設定が日本人に上手くあっていなかったので、
量産しなかったのは、大やけどしなくても良いという意味では良かったと
思っています。まだ僕がデザイナーとしてサイズ感の
大切さに気づいていない頃の作品でした。

このAIRIを見ても分かるように、僕は最初から左右非対称の眼鏡を
デザインしていたことが見てとれます。同様に「KEISUKE」も
AIRIと同じく非対称でした。僕は手書きなデザインが好きなので、
手書きのラフスケッチを何度も何度も消しゴムを用い、
自分の中の狙ったスケッチを探していきます。

それは今のレチルドになっても変わらないデザイン工程です。
そしてこの非対称であるからこその、矛盾や閃きを得て

僕はレチルドという

世界初のコンセプトのアイウェアを開発する事になるのですが、
そのお話は、もう少し時計の針を回してからのお話になります。

ヒューマニティデザイナーとは?

「私、伊藤次郎は 眼鏡店の経営者であり、
眼鏡フレームのデザイナーでもあります。
時に自分のデザインしたフレームでお客様のお顔を彩ります。

日々提案し、
お客様のお見立てと僕の作った眼鏡で
最適な状態へと 導くことが

ヒューマニティデザイナーとしての皆様との関わり方だと考えています。

また、眼鏡をデザインするにあたり明らかに表情が変わる方が
枚挙に暇がない程にいらっしゃいます。

しかし、僕らは眼鏡だけでなく、
お客様の表情(かおつき)をデザインし、
見方、見られ方を変え、
人としての生き方さえも変わる
関わりでありたいと考えているのです。」

私はアイウェアデザイナーって言葉に違和感を覚えます。
少なくとも私の日々やっている仕事はアイウェアデザインではないのかなと思っています。
アイウェアデザイナーはフレームを使って、皆様のお顔をデザインします。
デザインを別の言葉で言えば、設計とも言えます。

でも度無の伊達メガネだって、勿論眼鏡の楽しさ、素晴らしさの一部は
ご提供出来ますし、楽しめますが、眼鏡の凄さってそこから先が醍醐味な気がします。
視力をはかり、度が入って、レンズを削ってはめて、骨格に合わせてフィッティングする。

この時点で初めてメガネは道具として機能します。
その道具として機能した眼鏡は時に皆様の表情(かおつき)すら変えて魅せます。
この表情すら変えられる職種こそが、ヒューマニティデザイナーだと思いました。

私は、その喜びをお客様と共有する楽しさを知ってしまったら、
眼鏡作りをもっともっと上手になりたいと
心底願うようになりました。
そしてデザインも視力測定も加工もフィッティングも
全部の工程に関わり、そして仕立てていくこの仕事の大切さを痛感し、

気づけば僕はこの仕事が大好きになっていたのです。

デザインに関して私が語るのはおこがましいのですが、
私は自然にインスパイアされて全ての眼鏡フレームをデザインしています。
それは自然に対するリスペクトだけでなく畏怖の念すら覚える事を自覚しています。

ブラジルの新首都ブラジリア、近年遷都をしたのですが、
その新首都の都市設計はシンメトリーに重きを置いて街をデザインしました。
すると町の風景は直線、直角に満ち溢れます。

そういったある意味幾何学模様の中に人は置かれると精神的に不安定になるようで、
ブラジリアでの自殺者の比率が急増したそうです。(ブルーバックス文庫 クリス・マクマナス著 非対称の期限より。)

私が非対称な眼鏡のデザインにこだわる理由もまさにそこにあります。
精神的な安寧に対する欲求は、シンメトリックにこだわっては本来満たされないのです。

日本人がシンメトリックにかつ秩序立てられた桜の木を見て美しいと感じるのでしょうか?
きっと違うでしょう。神の采配とも思われる絶妙なバランス感覚に心を揺り動かされるのです。

そのゆらぎとも言える多少のデザインの乱れが身に纏うアクセサリーであったり、衣服に私は
必要だと考えています。いわば自然を身に纏うデザインが私の究極的な目標とも言えますし、
自然に一番近いアイウェアがレチルドとも言えるのです。